ある晴れの日

私がゆっくりとまぶたを開いたとき、目に入ってきたのは八時十五分を指す目覚まし時計だった。 
このあいだ買ってもらったばかりのピンクの可愛らしい小さな時計は、無慈悲に時間を私に教えてくれていた。 

「えっ!?……遅刻!」 

勢いよく布団を蹴り上げて起き上がった私は、そのまま階段を一段飛ばしで勢いよく駆け下りてリビングのドアを開け放った。 

「ママ!起こしてよっ!」 

「おはよう。オトネ。ママはちゃんと起こしたわよー?」 

リビングにはいい匂いのするスクランブルエッグとチーズの乗ったトースト、温かい牛乳が並べられていた。 

「もう、初日から遅刻とか目立ちすぎる!」 

ばたばたと音を立てながら着慣れていない制服に手を伸ばし、髪の毛をブラシで整えながら座る。 

「って、またコレ?…もー、飽きちゃったよー」 

「いいじゃない。ママの好物なんだもの」 

優雅にコーヒーを傾けながらトーストを食べているママと向かい合って座るのは、昔では考えられなかっただろう。 
もはや、今ではそれも日常になってしまっているのだが。 

「文句言ってる暇あるなら早く食べなさい。…リビングの時計遅れてるのよ」 

「え…っ、もう!」 

早く言って!とまた大声で叫ぶと、携帯を取り出して時計を確認する。 
遅刻はほぼ免れないことを確認した私は、急いでトーストを持ちながら今までとは違う形のカバンを肩にかついだ。 
ママのおかしそうな笑い声と「いってらっしゃい」の言葉を玄関の扉で蓋すると、履き慣れない靴を慣らす暇もなく動かしていく。 

事前に下見を済ませていたおかげで道に迷うこともなく、ひたすらに走っていく。 
ショートカットのために公園に入ると、そこには小さなアイスクリームワゴンとその横のベンチに座るひとりの女の子がいた。 
カバンを地面に置き、両手でアイスクリームを食べているその子は、私と全く同じ格好をしていた。真っ黒のセーラーに赤いリボン。 
間違いなく同じ学校だ。しかも同じ一年生のリボンの色だった。 
もっと言うのなら、今日から一年生になるリボンの色、だ。 

「これがアイスクリーム…美味しすぎる…!」 

キラキラとした瞳でひとりつぶやく彼女は必死にアイスクリームを舌で舐め溶かしていた。 

「あ、あのっ…遅刻しちゃいますよっ!…入学式、ですよねっ?」 

「……あら?……もうそんな時間?」 

マイペースそうにのんびりとした口調の女の子はカバンをめんどくさそうに持ち上げ、大切そうにアイスを抱えながら立ち上がった。 

「遅刻しても死ぬわけじゃないから大丈夫だよー。のんびり行こう?」 

へにゃ、と力の抜けた笑顔を見せた可愛らしいその子はゆっくり私と並びながら歩き始めた。
 
「アイスクリーム食べる?」 

「いや、いらない…!遅刻しちゃうよーっ!」 

大丈夫大丈夫、と繰り返しのんびり告げた彼女は、いらないと言っているのに手に持ったアイスを私に押しつけてきた。 

「美味しいよー?幸せは分け与えないとねー」 

朝日を気持ちよさそうに全身で浴びながら女の子は私の顔をニコニコと見つめていた。 

「溶けちゃうよー?」 

「…もう…!」 

そう言われると慌てて口をアイスクリームに付ける。キン、と冷たくて。四月にしては暑い今日にはぴったりな涼しさを与えてくれた。 

「冷たくて美味しい…!」 

遅刻の不安もアイスと同じように溶けてしまったのだろうか。それとも、目の前の女の子に感化されてしまっているのだろうか。アイスを楽しむ余裕が出てきた私は、アイスを分けてくれた女の子に笑顔を向けた。 

「あの、アイスありがとう。…私はオトネ…音に子供の子でオトネ!…あなたは?」 

そう聞くと、マイペースなゆったりとした歩きをしていた女の子は、満面の笑顔で立ち止まった。 

「オトネ。ありがとうね。…また、笑いかけてくれて」 

立ち止まった彼女が春の風に吹かれ、どこからともなく綺麗な鈴の音が、どこまでも響き渡っていった。

桜

(了)













最後まで読んでいただきどうもありがとうございました。

















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さびしがりやで、いつも急ぎ足のかず子ちゃん
ほんとうにおつかれさまでした